坂口安吾
パヂェスの「日本切支丹宗門史」だとか「鮮血遺書」のやうなものを読んでゐると、切支丹の夥しい殉教に感動せざるを得ないけれども、又、他面に、何か濁つたものを感じ、反撥を覚えずにゐられなくなるのである。
当時は切支丹の殉教の心得に関する印刷物があつたさうで、切支丹達はそれを熟読して死に方を勉強してゐた。
坂口安吾
パヂェスの「日本切支丹宗門史」だとか「鮮血遺書」のやうなものを読んでゐると、切支丹の夥しい殉教に感動せざるを得ないけれども、又、他面に、何か濁つたものを感じ、反撥を覚えずにゐられなくなるのである。
当時は切支丹の殉教の心得に関する印刷物があつたさうで、切支丹達はそれを熟読して死に方を勉強してゐた。