いろいろのことが云えるであろうが、私の意見では、芸術がわりあいに一般の人々の身近かなものになり、多少とも生活の伴侶に近づきつつあることが最大の収穫ではなかったかと思う。
青年たちに於てそうである。
山際青年は手記の中で若きヴェルテルの清純な恋を欲しても大人のゲルの世界に負けてしまうという手記を書いて世間の物笑いの種になったようだが、アンチャンの手記の内容が空虚なのは今も昔も変りのないことで、変っているのは、マーケットのアンチャンまで、若きヴェルテルだのジイドだのというものを読んでいることは、昔はなかったことであろう。