カルカラの大浴場をはじめ、富者は各自善美をつくした浴室をもち、公共の浴場に於ても男女混浴の酒池肉林は当然のこととなった。
ネロの奢侈はローマ市民のものとなり、ローマ帝国亡びるや、キリスト教徒は浴場という浴場を破壊全滅させた。
キリスト教徒は中世紀に至るまで沐浴を罪悪とみて、僧侶は一生沐浴しない者もあり、許されて年に二回ぐらい沐浴できる者もあったという程の徹底的な沐浴制裁を行ったのであるが、これはローマ風呂の快楽が忌まれたためで、他に理由はなかったということである。
カルカラの大浴場をはじめ、富者は各自善美をつくした浴室をもち、公共の浴場に於ても男女混浴の酒池肉林は当然のこととなった。
ネロの奢侈はローマ市民のものとなり、ローマ帝国亡びるや、キリスト教徒は浴場という浴場を破壊全滅させた。
キリスト教徒は中世紀に至るまで沐浴を罪悪とみて、僧侶は一生沐浴しない者もあり、許されて年に二回ぐらい沐浴できる者もあったという程の徹底的な沐浴制裁を行ったのであるが、これはローマ風呂の快楽が忌まれたためで、他に理由はなかったということである。