“能筆ジム”は生粋のプロシャ人で、独逸ではペン画家であった、彼は、一八七九年より余り遠くない以前、アメリカに渡ってオハイオ州のコロンブスに、妻をはじめ娘三人息子一人と住むことになったが、そこにはしばらくの間で、ニュウ・ジャージー州のウエスト・フィールドに移り、その後また同じ州のフランクフルトに住み、農場を持ち、倹約家の立派な農夫になりすましていた。
事実、逮捕になるときまで、彼は隣人たちや多くの友人たちから、寛大で思慮深い性格の男で、家族にとっては申分のない働き手であると思われていた。
また、彼の農場は抵当に入ったようなこともなかったから、どうみても金は残るし、銀行預金だってがっちりありそうであった。