一例、次の如し。
道祖神というものは、通例、道の岐れるところに在るものだが、宇治山田のはそうでなく何でもないところに在るのが多い。
それについて、辰五郎という古老(勿論今は死んでいるが、当時八十五)の談によると、昔は岐れ道にあったが、慶応四年行幸のあったとき、通路に当って目ざわりだというので、他へ移したものだ、という。
一例、次の如し。
道祖神というものは、通例、道の岐れるところに在るものだが、宇治山田のはそうでなく何でもないところに在るのが多い。
それについて、辰五郎という古老(勿論今は死んでいるが、当時八十五)の談によると、昔は岐れ道にあったが、慶応四年行幸のあったとき、通路に当って目ざわりだというので、他へ移したものだ、という。