それについて、辰五郎という古老(勿論今は死んでいるが、当時八十五)の談によると、昔は岐れ道にあったが、慶応四年行幸のあったとき、通路に当って目ざわりだというので、他へ移したものだ、という。
本来の位置が変更して行く一つの場合にすぎないが、しかし、これによって推察されることは、物の本来の位置などは此の如くに浮動的で、軽々に信用しがたいということだ。
翌朝三時半、目をさます。
それについて、辰五郎という古老(勿論今は死んでいるが、当時八十五)の談によると、昔は岐れ道にあったが、慶応四年行幸のあったとき、通路に当って目ざわりだというので、他へ移したものだ、という。
本来の位置が変更して行く一つの場合にすぎないが、しかし、これによって推察されることは、物の本来の位置などは此の如くに浮動的で、軽々に信用しがたいということだ。
翌朝三時半、目をさます。