一秒の十分の一という微細な数字が資料の基本となるのだから、誤植だらけの競輪雑誌などは意味をなさないのである。
東京発行の選手名鑑の選手の実力鑑定はいい加減で、関西や九州四国など東京人の知らない土地の選手については特にいい加減であるが、東京附近の選手でも、手近かな資料だけで大ザッパに間に合せたやッつけ仕事、手をつくした努力の跡はミジンもない。
各人の上りタイムの比較などもある者は二百であるのに、ある者は二百五十のタイムであるというように、全然比較になり得ないものを並べてすましているというズボラなやり方、万事形だけですましている。