なるほど、ここは仙台よりも水陸輸送の便があり、みのり豊かな北上平野を背後にひかえて、当時に於ける物産と交通の中心地点たるに適したところである。
政宗の考えでは、意地のわるい狸オヤジのことだから、たぶん第一候補地を否決するだろうと思い、第二候補の仙台青葉山を第一候補にあげて築城を願いでたら、意外にもアッサリと第一候補を許可されたので、志とちがって、仙台を城下にせざるを得なかったという説がある。
真偽は当てにならないが、北上平野は政宗が家臣の領地にも与えなかった直轄の穀倉地帯であり、その産物を運ぶために大運河をほって北上川の河口を石巻にうつしたところを見ると、石巻を物産と運輸の要点と見ていたことは頷けるのである。