ソテロと支倉はエスパニヤ国王に歎願書をだして「家康が迫害したって、政宗は保護する。
家康に対立して、こういうことができるのは、政宗と秀頼がいるだけだ」大きなことを云ってごまかそうと大汗たらしたが、全然ダメだ。
当時(一六一六年)はすでに大坂城落城、とっくに秀頼は死んでましたよ。
ソテロと支倉はエスパニヤ国王に歎願書をだして「家康が迫害したって、政宗は保護する。
家康に対立して、こういうことができるのは、政宗と秀頼がいるだけだ」大きなことを云ってごまかそうと大汗たらしたが、全然ダメだ。
当時(一六一六年)はすでに大坂城落城、とっくに秀頼は死んでましたよ。