飛鳥天皇は皇極天皇で、癸卯は書紀では皇極二年に当っています。
さて次に毛人大臣の児、入鹿臣□□林太郎が山代大兄及び十五王子らを殺したというのだが、書紀の方には皇極二年に何があったかというと、例の妖しげな前兆や天変地異の数々のほかに、十月六日のところには、蝦夷が病気と称して朝堂へ姿を見せないばかりか、息子の入鹿に紫冠を授けて物部大臣を名のらせたと書いてある。
自分の子を勝手に大臣に任じたわけだ。
飛鳥天皇は皇極天皇で、癸卯は書紀では皇極二年に当っています。
さて次に毛人大臣の児、入鹿臣□□林太郎が山代大兄及び十五王子らを殺したというのだが、書紀の方には皇極二年に何があったかというと、例の妖しげな前兆や天変地異の数々のほかに、十月六日のところには、蝦夷が病気と称して朝堂へ姿を見せないばかりか、息子の入鹿に紫冠を授けて物部大臣を名のらせたと書いてある。
自分の子を勝手に大臣に任じたわけだ。