富士山の宝永四年(西暦一七〇七年)十一月二十三日のバクハツの記録によると、前日の夕刻から地震五十回あまり、当日は算えるべからず、午前十時天からまるい光団がふるとともに黒煙空にみなぎって鳴動し、午後八時に火焔もえ、火の玉天に冲す。
なるほど、三原山式ですね。
その後十日ほどにわたって黒煙山をおおいつつあるかと思うと、時に火の玉をふきあげ、火焔もえたち、またもや黒煙が、一面をおおうというようにくり返しています。
富士山の宝永四年(西暦一七〇七年)十一月二十三日のバクハツの記録によると、前日の夕刻から地震五十回あまり、当日は算えるべからず、午前十時天からまるい光団がふるとともに黒煙空にみなぎって鳴動し、午後八時に火焔もえ、火の玉天に冲す。
なるほど、三原山式ですね。
その後十日ほどにわたって黒煙山をおおいつつあるかと思うと、時に火の玉をふきあげ、火焔もえたち、またもや黒煙が、一面をおおうというようにくり返しています。