波浮中学校の坂口校長先生(偶然私と同姓)の話によると、元村に現存する藤井氏(赤門というね)が中世の移住で、相当の格式をもち、コードのヤブという祖神を祀って神官をつとめ、支配的な位置についていたという。
しかし、差木地と泉津にはそれ以前からの先住民がいたらしい。
その先住民の移住の経路や時代は分らないが、三宅島が奈良朝以前なら、これもそれと同じようにみてよかろう。
波浮中学校の坂口校長先生(偶然私と同姓)の話によると、元村に現存する藤井氏(赤門というね)が中世の移住で、相当の格式をもち、コードのヤブという祖神を祀って神官をつとめ、支配的な位置についていたという。
しかし、差木地と泉津にはそれ以前からの先住民がいたらしい。
その先住民の移住の経路や時代は分らないが、三宅島が奈良朝以前なら、これもそれと同じようにみてよかろう。