私が今日に於ても日本の海軍には陸軍にない親しみを感じているのも、このセーラー服の憲兵が物分りがよくて人を頭から罪人視するような振舞いのなかったことに好感をもったのが理由の一ツであるかも知れない。
私はこの憲兵の取調べをうけたのをよく記憶しており、それが地図を見ていたせいであることもよく記憶しておりながら、それが手製の地図であったことを忘れていたために、今に至るまで私の書庫には一枚の長崎地図もないことに気づかなかったのである。
そのときの長崎旅行は島原天草の一揆の史料をあつめ、実地を見て歩くためであったが、空想癖の旺盛な私であるから、全然ムダなことに精を入れるのは、今も昔も変りがない。