彼は語学に天才があって、彼の話す完全なラテン語にはヨーロッパの神父も感心したという。
二十歳のとき宗教的な地位をうるためにフィリッピンに行きたいと思ったが、一六二二年に至ってはじめて同地に行くことができた。
一六二三年十一月二十六日、管区長フライ・アロンゾ・デ・メンチェダ神父によって修道服を与えられ、誓願を立てた後、ドン・フライ・ペテロ・デ・アルセによって司祭に補せられた。
彼は語学に天才があって、彼の話す完全なラテン語にはヨーロッパの神父も感心したという。
二十歳のとき宗教的な地位をうるためにフィリッピンに行きたいと思ったが、一六二二年に至ってはじめて同地に行くことができた。
一六二三年十一月二十六日、管区長フライ・アロンゾ・デ・メンチェダ神父によって修道服を与えられ、誓願を立てた後、ドン・フライ・ペテロ・デ・アルセによって司祭に補せられた。