一六二三年十一月二十六日、管区長フライ・アロンゾ・デ・メンチェダ神父によって修道服を与えられ、誓願を立てた後、ドン・フライ・ペテロ・デ・アルセによって司祭に補せられた。
日本の記録では「切支丹バテレン妖術使いの張本人金鍔次兵衛」であるが、教会の記録では、トマス・デ・サン・アウグスチノ神父という。
一六三〇年(寛永七年)二月二日フィリッピンより船出して、マリベレス島で難船したが、彼は奇蹟的に助かり、首尾よく日本潜入に成功した。
一六二三年十一月二十六日、管区長フライ・アロンゾ・デ・メンチェダ神父によって修道服を与えられ、誓願を立てた後、ドン・フライ・ペテロ・デ・アルセによって司祭に補せられた。
日本の記録では「切支丹バテレン妖術使いの張本人金鍔次兵衛」であるが、教会の記録では、トマス・デ・サン・アウグスチノ神父という。
一六三〇年(寛永七年)二月二日フィリッピンより船出して、マリベレス島で難船したが、彼は奇蹟的に助かり、首尾よく日本潜入に成功した。