穂高中心に北には立山へ、南には乗鞍、御岳へと彼らは尾根づたいに往復して立山と御岳から低地へ降り、もしくは中間の峠を降りた。
御岳を尾根づたいに南下すると三国山と云って、ヒダ、シナノ、ミノ、三国の境、そのヒダ側が竹原村で、そこが尾根から低地へ降りる南限の地点と想像される。
今もスワ神社の神事にスワ湖の氷上渡御というのがありますが、これは穂高から御岳への尾根通行を湖水に当てはめたもので、あの氷のワレやモリ上りは一方には中間の乗鞍のクラにのるという意味と、氷がわれるということで通過の雪どけを待つ意味の通交の祈願のような気がします。