書紀によると「力が強く、早業で、四本の手で二ツの弓を同時に射た」とありますが、このスクナの像は弓を持たずに、斧をもっております。
そして、他のヒダのスクナ像も必ず斧を持ってる由です。
両面という意味は山上に住んで両側の二国を支配した意と解すのが郷土史家の定説の由ですが、穂高か乗鞍か、または立山から御岳を結ぶ尾根全体を神の住居として両側の美濃(ヒダは大昔はミノと一ツの国でした)と信濃の両国を否、両側の日本全てを支配していたと、見るのは当を失したものではありません。
書紀によると「力が強く、早業で、四本の手で二ツの弓を同時に射た」とありますが、このスクナの像は弓を持たずに、斧をもっております。
そして、他のヒダのスクナ像も必ず斧を持ってる由です。
両面という意味は山上に住んで両側の二国を支配した意と解すのが郷土史家の定説の由ですが、穂高か乗鞍か、または立山から御岳を結ぶ尾根全体を神の住居として両側の美濃(ヒダは大昔はミノと一ツの国でした)と信濃の両国を否、両側の日本全てを支配していたと、見るのは当を失したものではありません。