したがって、日本書紀に現れる戦争の地名は、むろん戦場がその土地ではない筈だから全然デタラメなコシラエモノにきまってる。
しかし、両面神話というものは、それが各時代のいろいろの両面人となって現れてるうち、そのどこかに真実が隠され暗示されているものだ。
すると、大友皇子によく似ているのは日本武尊であるから、この戦争の陣立がアベコベになってるように、日本武尊も東征の往路と復路の二ツがあるから、その復路の方が、そして日本武尊が信濃坂で道に迷い伊吹山で死ぬまでのところが大友皇子の場合を現しているのかも知れない。