彼らが集合したササナミの地名はヒダの国府から二三里のところに実在しておりますが、細江と書くのがそれに当るそうです。
さて、ここに問題なのは、ヒダには国造、つまり朝廷の任命したヒダ長官のすむ都が今の高山市内の七日町というのに当っていて、ここにはこれを無言で証明する如くに国分寺趾や惣社がある。
ところが、もう一ツ昔からヒダの首府と伝えられている現在の国府があって、ここは昔は広瀬と云っていた。
彼らが集合したササナミの地名はヒダの国府から二三里のところに実在しておりますが、細江と書くのがそれに当るそうです。
さて、ここに問題なのは、ヒダには国造、つまり朝廷の任命したヒダ長官のすむ都が今の高山市内の七日町というのに当っていて、ここにはこれを無言で証明する如くに国分寺趾や惣社がある。
ところが、もう一ツ昔からヒダの首府と伝えられている現在の国府があって、ここは昔は広瀬と云っていた。