あの山中では日本武尊が遭難しかけていますが、そしてあそこに濁江温泉というのがあって、日本武尊の遭難に合せると、そこにも霊泉を考えてもよろしいのですが、しかしそこまでのコジツケはやめにしても、山岳崇拝が持ち前の宗教だったヒダ人が御岳サンと高貴な人の墳墓をはるかに向い合せに造るのは全くフシギがない。
この寺の縁起の上で開山になっているのがスクナで、本当に寺をたてたのが真如だとすると、廃太子真如ということから考えて、ここがスクナの墓、否、大友皇子、日本武尊らの運命を負うた人の墓と見てよろしいかと思う。
たしか縁起の一本にはここがタタリの本家でここを霊場にしないと天下は平にならんという意味が書かれていたのがあったようだ。