むしろ、男が女役をやり、女が男役をやる、ということは、それも一ツの本筋ではないでしょうか。
本筋といいきってはいけないかも知れないが、その存在が別にフシギではないということだ。
近代のリアリズムにはそぐわないかも知れないが、リアリズムの基盤にも美をおき、美的感動によって自らを支えるような芸術にとって、劇にとって、異性に扮することは不自然でも不都合でもない。
むしろ、男が女役をやり、女が男役をやる、ということは、それも一ツの本筋ではないでしょうか。
本筋といいきってはいけないかも知れないが、その存在が別にフシギではないということだ。
近代のリアリズムにはそぐわないかも知れないが、リアリズムの基盤にも美をおき、美的感動によって自らを支えるような芸術にとって、劇にとって、異性に扮することは不自然でも不都合でもない。