よくまア材木があるものだナ、と思うけれども、それとてもムヤミに材木が存在し目につくだけの話で、別に大というものがその材木の山々のどこかに存在しているワケではないのである。
大きな材木がないせいではなく、所詮材木の山などゝいうものは、細い一本の鉄にも如かないという実質上の劣勢が、この戦争によってもイヤというほど身にしみているではないか。
原子バクダンの時世に、焼夷弾ごときチンピラのチョロ/\した攻撃に一となめという哀れさだもの、秋田平野の全体に材木の山を積み重ねヒマラヤ山脈の高さに積んで見せたって、「大」の存在するイワレはない。