東京はじめ太平洋岸の人々にとってウラジオの機雷という物騒な漂流児が話題にのぼったのはようやく今春来のことである。
けれども裏日本の海辺がウラジオからの漂流機雷に悩みはじめたのは太平洋戦争の起る前からのことだ。
私が昭和十七年の夏に新潟市へ行ったとき、博物館(であったと思う。
東京はじめ太平洋岸の人々にとってウラジオの機雷という物騒な漂流児が話題にのぼったのはようやく今春来のことである。
けれども裏日本の海辺がウラジオからの漂流機雷に悩みはじめたのは太平洋戦争の起る前からのことだ。
私が昭和十七年の夏に新潟市へ行ったとき、博物館(であったと思う。