もっともそのタネは日本がまいたようなもので、支那で戦争を起したりノモンハン事変などもあったから、ロシヤはウラジオ港外に機雷網をしいて用心しはじめたのであろう。
それが冬期の激浪にもまれ解氷時に至ってロビンソン・クルーソーの行動を起すもののようである。
この日本海の漂流児は能登半島から福井方面へ南下するのもあるが、富山方面へ南下して佐渡と新潟間より北上を起して途中の浜辺でバクハツせずについに津軽海峡にまで至り、そこから更に太平洋にまで突入して行方をくらますという颱風の半分ぐらいも息の長いのが存在しているのである。