むしろ表面に現れている末端のモグラを手がかりにしてもっと大物のモグラ族の地下でのアツレキを感じることができるのである。
すでに三韓系の政争やアツレキは藤原京のこのころから地下にくぐったことが分るが、日本地下史のモヤモヤは藤原京から奈良京へ平安京へと移り、やがて地下から身を起して再び歴史の表面へ現れたとき、毛虫が蝶になったように、まるで違ったものになっていた。
それが源氏であり、平家であり、奥州の藤原氏であり、ひいては南北両朝の対立にも影響した。
むしろ表面に現れている末端のモグラを手がかりにしてもっと大物のモグラ族の地下でのアツレキを感じることができるのである。
すでに三韓系の政争やアツレキは藤原京のこのころから地下にくぐったことが分るが、日本地下史のモヤモヤは藤原京から奈良京へ平安京へと移り、やがて地下から身を起して再び歴史の表面へ現れたとき、毛虫が蝶になったように、まるで違ったものになっていた。
それが源氏であり、平家であり、奥州の藤原氏であり、ひいては南北両朝の対立にも影響した。