すべてスランプというものは、技術上のことではなくて、精神の不安定がもたらすのであろうが、大山にはそれがないように見えるのである。
塚田が名人位に就いたとき、最初の挑戦者となったのは若冠二十五の大山であった。
彼はB級から一躍とびあがってA級の上位三者をなぎ倒して挑戦者になったが、その落付きと年間のめざましい戦績から、世間の大半は彼の勝利、大山次期名人を疑わなかったようである。
すべてスランプというものは、技術上のことではなくて、精神の不安定がもたらすのであろうが、大山にはそれがないように見えるのである。
塚田が名人位に就いたとき、最初の挑戦者となったのは若冠二十五の大山であった。
彼はB級から一躍とびあがってA級の上位三者をなぎ倒して挑戦者になったが、その落付きと年間のめざましい戦績から、世間の大半は彼の勝利、大山次期名人を疑わなかったようである。