「フシギな女」の場合はそのバカバカしい読みちがいを指摘することができますが、小説などの場合には、それができないのです。
小説家はどんなにバカげた読みちがいを論拠に悪評されても、それを反駁したところで水カケ論で、ただ自己弁護だと思われるだけがオチですね。
ですから小説家は別に反駁もせずに見送っているわけですが、批評家がいかにバカであるかということは、その機会あるときには云っておく必要があると思います。
「フシギな女」の場合はそのバカバカしい読みちがいを指摘することができますが、小説などの場合には、それができないのです。
小説家はどんなにバカげた読みちがいを論拠に悪評されても、それを反駁したところで水カケ論で、ただ自己弁護だと思われるだけがオチですね。
ですから小説家は別に反駁もせずに見送っているわけですが、批評家がいかにバカであるかということは、その機会あるときには云っておく必要があると思います。