したがって、犯人の手記のようにそれ一ツ独立の対象として論議しうるものではないが、あいにく殴られた婦人の手記だけで殴った方の言い分も、証人の証言もないから、この手記を一方的に信じて書くのは不当であるが、私は元々紙上裁判しようというコンタンがあるわけではなく、およそ裁判官的な意識は持っていないのである。
殴ったか、殴らないか、それを見分けて正邪をつけるのは、私のやることではない。
しかし法律というものは、その網の目をくぐる要領を心得て、表向きが要領にかなっていると、どうしても罪にならない仕組みであるから、たよりないものである。