夫は山口袈裟寿といゝ廿五歳、神田の市立工業を出て横須賀の航空技術所を出て海軍に入っていました。
終戦後神奈川県庁地下室で時計屋をしている兄の所で昨年八月まで手伝していましたが十一月に長女が生まれ私の実家(横須賀市)で一緒に暮していました。
今年の一月『職を探して来るから』といって出たまゝ消息がなく私は途方に暮れているところでした。
夫は山口袈裟寿といゝ廿五歳、神田の市立工業を出て横須賀の航空技術所を出て海軍に入っていました。
終戦後神奈川県庁地下室で時計屋をしている兄の所で昨年八月まで手伝していましたが十一月に長女が生まれ私の実家(横須賀市)で一緒に暮していました。
今年の一月『職を探して来るから』といって出たまゝ消息がなく私は途方に暮れているところでした。