主人だけに仕えるということは、主人の命令でないと動かん、主人が居ないと一人前、イヤ、一犬前には立居振舞いができんということで、主人と合せてようやく一犬前、主人が居て命令し、犬はその顔色をよんでから動きだすことになる。
けれども、犬の競走だもの、主人が犬と一しょに走るわけにはいかんし、さすれば犬は途中で主人と離れるから、どうしてよいかと途方にくれてウロウロと主人を探しはじめるし、一犬ウロウロして万犬ウロウロし、ウロウロ犬同志で喧嘩がはじまる。
横丁の勝手口とちがって喧嘩をやるには申し分のないフィールドがあってワンワン、ウーウーやりだせば先頭に立ってまちがわずに走っていた二匹か三匹の感心な犬も、サテハ敵ニ計ラレタリ、我オロカニモ先頭ニ走ッテオクレヲトリシカ、一大事、とコウベをめぐらして、競走の方を忘れてフィールドの喧嘩の一団へフンゼンなぐりこみをかけるに極ったものなのである。