菊乃さんの場合は、自分の方から十七年間云々の伝説をきりだした以上、戦争時代の庶民以上に間の悪いハメで、かかる菊乃にめぐりあうのも先妻節子のみちびきであろう、なぞと先生の説が飛躍しても、一言もない。
だいたい一人の半玉が、宴席に侍って書いてもらった漢詩かなんかを肌身はなさず持っていた、というのは、美談とは申されないな。
肌身はなさず、ということがすでに異様で、詩や詩人を愛すことはお守りとは違うのだから、肌身はなさず持つということが決して正しい尊敬の仕方だとは思われないが、事実肌身はなさず持っていても異様だし、事実はそうでなくとも、肌身はなさずと云わねばならぬ雰囲気がすでに異様なのであろう。