氏も素性もない他人の女房にかぎって妾にしたがるところは甚しく好色に見える家康だが、それは外道的、反家庭的のように見えて、彼の一生はそうでもない。
わが子の一人二人煮ても焼かれても平気な風もあり、わが子を平気で殺しもしたが、それが反家庭的かと云うと、実は徳川幕府というたッた一軒の家督をまもるためでもある。
要するに、家康という人間の行蹟を見て、そこに彼を語る軸をさがすとすれば、それは彼の性格ではなくて、彼の思想であり、性格の上に意志がはたらき、一ツの思想に形成されて熟慮断行されたものが、家康の行蹟であり、家康という人間であった。