けれども牛のシッポや脳味噌を使う料理屋は田舎にはたくさんはないから、主としてハキダメへ捨ててしまう。
こういうものを石油カンに一ぱい十五銭か二十銭で買って、親子十人に居候を入れて飽食していたのである。
もっとも、巴里や北京の料理人なら天下の珍味に仕立てる材料もガランドウの手にかかってはただ鍋にグツグツ煮るだけのことで、アクをぬくことを知らないから、決して美味をたのしむというわけにはいかなかったが、ハキダメへ捨てるものを常食してやがると人々に後指をさされた彼の貧乏も、今から思えば豪勢きわまる貧乏だ。