信長は一面非常に謹直で合理派で現実主義者でありながら、宗教を軽蔑しつつ独特な角度からいつも宗教と甚だ密接につながっていたり、晩年に至ってまだ日本の半分も平定しないのに支那、朝鮮の征服を壮語したり、また明智光秀と妙にモツレた友情をもつに至っている点など、彼の性格に於て狂気と紙一重のところにあるものか、晩年における狂気の事実を考えさせるものがあるように思う。
彼の一生の行跡では喧躁なほど開放的なものと、蓋を閉じた貝のように陰気なものとが交錯していて、一見して彼ほど激烈で狂的な独裁者は日本の史上では類が少いように思われる。
徳川家康は温厚な古狸のように考えられているが、彼の側近の記録によると、自分に不利なことが起ると、たちまち顔色が蒼ざめ、ボリボリ爪をかむ癖があったという。