こうして新年の三日間デブチャンの悪酒のフルマイをうけて半死半生となった私は、たしか四日朝、九州の炭坑へ石炭増産週間の一役をかって、膝のさけたズボンをはいて関門トンネルをくぐった。
炭坑の偉業
私のような無名の三文文士が戦時中の石炭増産週間の一役をかうとはおよそ柄にない話であるが、大井広介が北九州の某炭坑にユカリの人物で、彼は石炭増産週間につき中央の文士を炭坑夫の慰問ゲキレイに派遣するよう頼まれたが、然るべき文士にはたのまず、お酒や食べ物に不自由している友人のノンダクレや食いしんぼうを選んだのである。