同じ他人の借金でも、取立ての方は決してできるものではない。
取立てるということは積極的な事実であるが、言訳の方はもともとゼロで、こっちも元々手ブラであるし先方も手ブラで帰るだけのことだから、そこにおのずから詩境も生じてくるのであろう。
総じて借金というものは、無を本質とするせいか、あるいは時々無から有が生じる奇跡もあるせいか、甚だ詩境に通じているもののようである。
同じ他人の借金でも、取立ての方は決してできるものではない。
取立てるということは積極的な事実であるが、言訳の方はもともとゼロで、こっちも元々手ブラであるし先方も手ブラで帰るだけのことだから、そこにおのずから詩境も生じてくるのであろう。
総じて借金というものは、無を本質とするせいか、あるいは時々無から有が生じる奇跡もあるせいか、甚だ詩境に通じているもののようである。