読者の如何やうに意地の悪い近代的感覚によつても、この作品に不安定とか、不合理とか、不燃焼といふものを見出すことは不可能であらう。
この手法、この形式は、中村君の創作したもので、その功績はたゝへらるべきものでなければならぬ。
特に、私は、中村君がこの材料に製作欲をうごかされた抑々の始めから知つてをり、資料の蒐集に、実地調査に、材料の整理に並々ならぬ苦心と年月を費したことを熟知するので、今、この独特の形式の創案によつて、却々、小説とは為しにくい資料を充分以上に活かし得た成果に対して、深甚の敬意を払ひたい。