この説は眉ツバモノだと他のチベット学者の説もあって真偽は知らないが、高千穂神楽の日の舞いにはシバ荒神などというのが現れてなんとなく印度の荒れ神様との関連などを感じさせるものがあり、むかし神宮寺のあった地名をセ別当と云いならわしており、セの字に当る漢字は古老も知らない。
高千穂神社の御神体は奈良朝以前の作とつたえられる素人の手づくりのような木彫で、女神の像は着物が左前であったり、ここには大陸から流れてきた流浪の遊芸人がかなり土着したのではないかと見られるフシがあるようだ。
神楽と同じぐらい古いという熊襲踊りというのもある。