蘇我入鹿やエミシが巨大な墓をつくったことは分っているがそれは今日どこにも見ることができないことなぞによっても、負けた豪族の墓があばかれ破壊されてその種族の荘厳の絶滅がはかられたであろうことは考えられるであろう。
私は諸国の山上に祭祀趾と伝えられる石組み様のものの中には破壊された古墳がかなり多いのではないかと考えているのである。
たとえば信州なぞにはその国の伝説や歴史なぞから当然大古墳がなければならぬと思われるところにそれがないということも、信州が負けて亡ぼされた人の国であり、今日伝わるものが少いということが、むしろその帝国が相手にとって大敵だったアカシになるのではないかと考える。