日向の古墳群はどうやら四五世紀をさかのぼることができないらしいが、そして大和の古墳群もそれ以上にさかのぼることができないらしいが、それが天皇家の勢力が定まった年代でもあって、そして日向が天皇家に浅からぬ関係があるであろうことは神話よりも古墳群が無事のこっていることで想定してよいのではないかと考えるのだ。
私のこの種の考え方は一文士のあまりにも文学的な歴史観にすぎないのだが、人間が為すであろうこと、行うであろうことの考察から歴史を考えてみることも、一つの試みとして有ってもよかろうと思うのである。
いったいに日向は山の国である。