その晩私たちは霧島の山麓高原の地まで車を急がせ神武天皇誕生の地という狭野神社の社務所に泊めてもらった。
海辺の山々ではかなり高いところでもまだススキが一面に白い穂をうちふっているような南国日向であるが、奥地になるとさすがに寒く神社での夜明けは一面に霜がおりていた。
神武天皇についても神話もしくは伝説として受けとる以外に仕方がないものであるが、この地方の霧島の一峯たる高千穂峯にも高天原の伝説があり、ここと高千穂町とで高天原の本家争いをしたのは江戸の頃からであったらしい。
その晩私たちは霧島の山麓高原の地まで車を急がせ神武天皇誕生の地という狭野神社の社務所に泊めてもらった。
海辺の山々ではかなり高いところでもまだススキが一面に白い穂をうちふっているような南国日向であるが、奥地になるとさすがに寒く神社での夜明けは一面に霜がおりていた。
神武天皇についても神話もしくは伝説として受けとる以外に仕方がないものであるが、この地方の霧島の一峯たる高千穂峯にも高天原の伝説があり、ここと高千穂町とで高天原の本家争いをしたのは江戸の頃からであったらしい。