そういう神がこの土地本来の神様だったのである。
こういうようにノンビリした信仰や神をもっていたこの土地の人々が大和朝廷へ召されて遊芸を奉仕しているうちに、日本でも一番ありがたいような高天原の神様をオレの里の神様にしようじゃないかなぞと思いついて、お前の村がやるならオレの村でもというように似たものが所々にできた、そんなノドカな昔を考えてみることはできないであろうか。
この地方の神楽歌の場合でも国籍不明の意味の分らぬ歌も少い数ではなく主としてそれは卑猥な踊りの場合に歌われるものであるらしいのは、それが彼ら本来の言葉で、高貴の前でそれを歌うためには高貴な人に通用しない言葉で歌う必要があったからかも知れない。