厚さ四分五分という碁石がとれるような蛤ならよほど大きいに相違なく、貝殻を碁石にすれば当然その肉は食べなければならないわけで、私はその大蛤を食ってみたいと思っていたのだが、あいにくの下痢で諦めなければならなかった。
日向では土地の人が見せたがるものよりも忘れているものの方に心をひかれるものが多い。
たとえば大蛤の場合にはその肉がどうなっているのだろう、うまい料理を発明して食わせる人がいないのかなぞということが大そう旅人の気懸りになるのである。
厚さ四分五分という碁石がとれるような蛤ならよほど大きいに相違なく、貝殻を碁石にすれば当然その肉は食べなければならないわけで、私はその大蛤を食ってみたいと思っていたのだが、あいにくの下痢で諦めなければならなかった。
日向では土地の人が見せたがるものよりも忘れているものの方に心をひかれるものが多い。
たとえば大蛤の場合にはその肉がどうなっているのだろう、うまい料理を発明して食わせる人がいないのかなぞということが大そう旅人の気懸りになるのである。