もとは備前岡山の医師浄閑が所持した薬だ。
これを富山の者が製法の伝授をうけて帰国し、やがて殿様が愛用するようになって繁昌したに反し、本家本元岡山の方では亡びたという。
また一説では、泉州堺万代村の浄閑が岡山に移りすんで医を業として反魂丹を造り、のち子孫が富山へ移住して代々反魂丹を製造して今日に至ったという。
もとは備前岡山の医師浄閑が所持した薬だ。
これを富山の者が製法の伝授をうけて帰国し、やがて殿様が愛用するようになって繁昌したに反し、本家本元岡山の方では亡びたという。
また一説では、泉州堺万代村の浄閑が岡山に移りすんで医を業として反魂丹を造り、のち子孫が富山へ移住して代々反魂丹を製造して今日に至ったという。