坂口安吾
僕らが「言葉」という飜訳雑誌、それから「青い馬」という同人雑誌をだすことになって、その編輯に用いた部屋は芥川龍之介の書斎であった。
というのは、同人の葛巻義敏が芥川の甥で、彼はそのころ二十一、二の若年だったが、芥川死後の整理、全集出版など責任を負うて良くやっており、同人雑誌の出版に就ても僕らの知らないことに通じていて、彼が主としてやってくれたからである。
坂口安吾
僕らが「言葉」という飜訳雑誌、それから「青い馬」という同人雑誌をだすことになって、その編輯に用いた部屋は芥川龍之介の書斎であった。
というのは、同人の葛巻義敏が芥川の甥で、彼はそのころ二十一、二の若年だったが、芥川死後の整理、全集出版など責任を負うて良くやっており、同人雑誌の出版に就ても僕らの知らないことに通じていて、彼が主としてやってくれたからである。