というのは、同人の葛巻義敏が芥川の甥で、彼はそのころ二十一、二の若年だったが、芥川死後の整理、全集出版など責任を負うて良くやっており、同人雑誌の出版に就ても僕らの知らないことに通じていて、彼が主としてやってくれたからである。
当時は芥川の死後三年目であった。
芥川の家は僕の知る文士の家では最もましな住家だけれども、中流以上の家ではない。
というのは、同人の葛巻義敏が芥川の甥で、彼はそのころ二十一、二の若年だったが、芥川死後の整理、全集出版など責任を負うて良くやっており、同人雑誌の出版に就ても僕らの知らないことに通じていて、彼が主としてやってくれたからである。
当時は芥川の死後三年目であった。
芥川の家は僕の知る文士の家では最もましな住家だけれども、中流以上の家ではない。