僕の知るのは二階二間と離れの書斎二間と座敷二間、それから庭だけ、家族の居間は知らない。
日当りの良い家だけれども、なぜか陰気で、死の家とはこんなものかと考え、青年客気のあのころですら、暗さを思うと、足のすすまぬ思いがしたものである。
僕の生れた新潟の家は昔坊主の学校で、だからお寺のような建築であった。
僕の知るのは二階二間と離れの書斎二間と座敷二間、それから庭だけ、家族の居間は知らない。
日当りの良い家だけれども、なぜか陰気で、死の家とはこんなものかと考え、青年客気のあのころですら、暗さを思うと、足のすすまぬ思いがしたものである。
僕の生れた新潟の家は昔坊主の学校で、だからお寺のような建築であった。