家にいるなどということはめったにない。
ところが私の親父は半面森春濤門下の漢詩人で晩年には「北越詩話」という本を三十年もかかって書いており、家にいるときは書斎にこもったきり顔をだすことがなく、私が父を見るのは墨をすらされる時だけであった。
女中が旦那様がお呼びですといって私を呼びにくる、用件は分っているのだ、墨をするのにきまっている。
家にいるなどということはめったにない。
ところが私の親父は半面森春濤門下の漢詩人で晩年には「北越詩話」という本を三十年もかかって書いており、家にいるときは書斎にこもったきり顔をだすことがなく、私が父を見るのは墨をすらされる時だけであった。
女中が旦那様がお呼びですといって私を呼びにくる、用件は分っているのだ、墨をするのにきまっている。