私は然し後年市島春城翁と知ったとき、翁はこの悲しみの別して深い人であり、又、会津八一先生なども父の知人であるが、この悲しみは老後もつきまとうて離れぬ人のようである。
だから父も今の私が見ればこの悲しみを見出すことが出来るかも知れないとも思うのだが、然し、そうではない、と私は思う。
なぜなら、私の長兄は父に最も接触していた子供であり、この長兄にはこの悲しみが微塵もないからである。
私は然し後年市島春城翁と知ったとき、翁はこの悲しみの別して深い人であり、又、会津八一先生なども父の知人であるが、この悲しみは老後もつきまとうて離れぬ人のようである。
だから父も今の私が見ればこの悲しみを見出すことが出来るかも知れないとも思うのだが、然し、そうではない、と私は思う。
なぜなら、私の長兄は父に最も接触していた子供であり、この長兄にはこの悲しみが微塵もないからである。