だから父も今の私が見ればこの悲しみを見出すことが出来るかも知れないとも思うのだが、然し、そうではない、と私は思う。
なぜなら、私の長兄は父に最も接触していた子供であり、この長兄にはこの悲しみが微塵もないからである。
この悲しみは血液的な遺伝ではなくて、接触することによって外形的に感化され同化される性質の処世的なものであるから、長兄の今日の性格から判断しても、父にはたしかにこの悲しさがなかったんだと思われるのである。
だから父も今の私が見ればこの悲しみを見出すことが出来るかも知れないとも思うのだが、然し、そうではない、と私は思う。
なぜなら、私の長兄は父に最も接触していた子供であり、この長兄にはこの悲しみが微塵もないからである。
この悲しみは血液的な遺伝ではなくて、接触することによって外形的に感化され同化される性質の処世的なものであるから、長兄の今日の性格から判断しても、父にはたしかにこの悲しさがなかったんだと思われるのである。